あびこ便り 第124号 平成 2年 7月号
                          更新日 2011/2/27 

〈離陸する柳田國男〉
  第4回柳田國男ゆかりサミット
  国際シンポジウム「柳田國男の普遍性」を聞いて
    寄稿  神野藤 昭夫(かんのとう あきお)氏

 平成2年5月24・25日の両日、我孫子市と利根町の共催による
柳田國男ゆかりサミットが開催された。
柳田國男ゆかりサミットはその人生と学問にゆかりの深い、
北は岩手県遠野市から南は沖縄県宮古島の平良市(現宮古島市/発行者注)までの
9市町村が、毎年協力しあって開催しているもので、今年は第4回を迎えるという。

 縁あって我孫子に住むようになってから十数年。
柳田國男にたいする親愛の情をひそかに育んできた一読者として、
興味をもってシンポジウムを聴講した。

 昨年5月に開催された今大会のためのシンポジウムも聴講したのだが、
そのときにはなぜ柳田國男の〈国際性〉なのか、という疑問が残った。
私は市史研を中心とする市民参加の市史づくりに参加こそしてはいないが、
いささかの関心と敬意をもってその活動を眺めてきたつもりである。
外部の目からすると、そうした活動をベースにしたところの
市民の内発性を育てるようなテーマではなく、
なぜ木に竹を継ぐように柳田國男の〈国際性〉なのかという疑問を禁じえなかった

 もとより柳田國男の〈国際性〉(今回は〈普遍性〉にあらためられたが)を問うことに
意義がないというのではない。利根川を行き来する白帆を眺めながら広い世界との
繋がりを考えていた柳田國男(『故郷七十年』)の志を思えば、わが我孫子の地で、
柳田國男が世界にむかって離陸していくことの意義を問うテーマが設定され、
内外の研究者を迎えて国際シンポジウムが行われたことはいかにもふさわしい。
関係者の心意気がうかがわれるところでもある。

 だが、一市民の側からの不満をいえば、
市民は遠ざかってゆく柳田國男の姿を眺めているほかなかったというところがある。
司会の鶴見和子氏は再三市民的あるいは郷土的サイドからの発言を求められたが、
市民がついに聴衆でしかありえようのないテーマ設定であったとの反省は残るのではないか。

 そうした反省は反省として、あらかじめ配布された
内外の研究者たちの発言をおさめた74頁にわたる冊子は貴重なものであり、
周到な配慮の感じられるシンポジウムじたいも刺激的で啓発性に満ちたものではあった。

 シンポジウムは、第一部〈外国人が見た柳田國男と柳田研究〉と
第二部〈柳田國男と現在〉の二部構成。
第一部では、クライナー・ヨーゼフ氏(西ドイツ)がヨーロッパにおける柳田國男への関心を、
また色川大吉氏がアメリカにおける柳田國男の読まれ方を報告されたのち、
会場に駆けつけた『近代化への挑戦』の著者モース・ロナルド氏(アメリカ)以下、
カミニスカ・クリスティナ(ポーランド)、安宇植(韓国)、モネ・リビアン(スイス)、
王敏(中国)氏らの発言があった。
さらにレジュメには、当日参加できなかった研究者の発言が収録されており、
国際社会で柳田國男がいまどのように受容されているかを端的に知ることができた。
今シンポジウムの華は第一部にあったように思う。

 その発言を聞き、レジュメを読むと、柳田に寄せる関心は、
アジア圏の研究者と西欧圏の研究者の間に相違があるように感じられた。
王敏氏は柳田の注目した海上の道が、インド洋から世界への繋がる道であることを述べ、
柳田説の継承と発展の可能性を指摘した。
韓半島の研究者たちはいずれも柳田の仕事を比較民俗学への道を開くものとして評価し、
柳田の業績を手掛かりに、韓国民俗学を成熟発展させうるモデルとして受けとめているようだ。
朴銓烈氏の論は前者の例であるし、
祖先観の比較研究の可能性を説いた崔吉城氏の論は後者の例である。
いずれにせよ、アジア圏の人々の発言は、同じ文化圏の住む者たちの、
ホモジーニアスな反応が感じられる点で特色的であった。

 これにたいして、西欧圏もしくは非アジア圏の人々のそれには、異質なものが感じられた。
なかでもモース氏の発言は素朴な柳田ファンを驚かせるに充分であって、
彼は自分は柳田が生きていたとしても、柳田に会いたくない、柳田の価値はテキスト
そのもののなかにあるという趣旨のことを述べた。
色川氏の紹介されたコロンビア大学のグラッグ・キャロル氏や富尾賢太郎氏ら
シカゴ大学近代思想史読書会の人たちの興味の寄せ方は、
柳田の文章は人類学における民族誌やフランスのアナール派社会史学の業績と
同じようなテキストとして読まれているのだという。
彼らが柳田の仕事に畏敬の念をもっていることは、
レジュメに掲載されている文章からも知られるが、
そこには柳田個人への興味はない。
彼らの関心は柳田の方法やテキストに籠められた情報の価値そのものにあるといえよう。
カミニスカ・クリスティナ氏も柳田の方法をどう応用するかというところに
自分の関心があると述べていた。

 日本の文学研究はながらく、
作品を作者個人への興味と繋げることによって読んできた。
作品を読むことは作者を読むことだという具合にである。
これにたいし、現在では作品と生身の作者とは別物であって、
作者個人を切り離し、作品=テキストを読むということが常識になりつつある。
それを思えば、柳田のテキストが柳田個人から切り離されて読まれることは当然のことではある。
しかし、その学問を柳田学とよんでその著作とひととを一体化したものとして受け入れてきた
素朴な柳田ファンの心情からすると、
柳田の顔が異化され消えてゆくかにみえる様子に心理的抵抗を感じるものが
なお残っていることも事実である。

 柳田の魅力の底には、その鋭い感性や類稀な民族的想像力があって、
そこで提示される言説をとおして、父祖の姿を発見し、共感し、
なによりも自分たちの体内を流れるものを知ることによって、
彼への畏敬の念を深めるというところがあると思う。
いわば炉辺にあって、祖父の息吹を感じながら、失われた民族世界に誘われ、
あるいは根深い自分を発見するというところがあったのだから、
そうやすやすと自国文化の内懐に分け入るへその緒を断ち切られてたまるか
という思いである。

 もとよりこうした反応は、偏狭な民族主義にすぎないとの批判も反省もありうる。
むしろ柳田が世界に離陸し、異化され、普遍化されてゆくときに、
どうしたら僕らの柳田が切り捨てられることなく掬いあげられるかに腐心すべきなのであろう。
あるいはそうした柳田の側面は柳田学にとって普遍的問題であるのかどうかが、
僕らの問題として問われる必要がある。
そうした理性的判断はつくのだが、
まさにこうしたジレンマを僕らにひきおこしてくれたことそのものが、
僕などにとっては、シンポジウムを聞きえた最大の収穫であったと感じられた。

 乱暴を承知でいうと、
思えば社会学の鶴見和子氏や民衆史の色川大吉氏の仕事じたいが
柳田を異化することによって、柳田の偉大さを発見し、
普遍につながる可能性を切り開いてみせてくれたので、
両氏の仕事を、民俗学の側がどう評価、論評しているかが
問題になることでもあるのだろう(これは僕が知らないだけのことだろうが)。
その意味で、第二部で谷川健一氏が柳田の仕事をとおして、
植物や動物との共生をめざす自然的人間への回帰を学ぶべきだとした論は、
それまでの論調とはかけはなれたもののようでありながら、
まさに内側から柳田の提起した問題を継承することの提唱として感銘深かった。
ただし、シンポジウムのテーマが、〈国際性〉から〈普遍性〉へと変更された経緯もあってか、
その発言の重さは、他の三人の講師にこそ重く受けとめられてはいたようだが、
充分深められ、聴衆にアピールするところまでゆかなかったのが惜しまれる。

 なお、市当局には計画があると推察するが、
今シンポジウム記録が小冊子の内容も含めて、広く公刊されることを期待したい。
そのさいには発言のなかった市民の感想や反応をも含みこんだ拡大版としたらいかがかと思う。
                        (新木在住) (現在は志木市在住 発行者注)


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編集後記/
柳田サミットと相前後して、我孫子市史編纂室より「我孫子市史研究14号」
と「あびこ版新編 利根川図志」が発行された。
「14号」には柳田特集があり、「図志」は初版本を上段に復元し、
下段には全ての記述についての実地調査の労作がある。
今更乍らに市史研メンバーの活躍に敬意を表したい。
       02/06/25                  上村 隆




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